3度目の癌の手術後の母

頭が陥没したようになってしまった脳腫瘍の大手術の後母はまるで人が変わったようだった。

昔は、どちらかというとヒステリックでカリカリしやすい性格だったと思う。

だが、脳の一部を取ってしまった影響で、ぽわん、としたいわゆる「ボケ」に近い症状がみられるようになった。

母の言動は時に脈絡がなく、耳も遠くなったようでしばしば会話が噛みあわなかったり、話をまったく聞いていないというか、理解できていないようで、また同じことを繰り返し言わなければならないことが多かった。

 

母の「奇行」のひとつを紹介すると、例えばこうだ。

ある日、父が「テレビのリモコンが見あたらない」というので家族全員で探したが目ぼしい場所にはどこにも見つけられなかった。

「そのうちどこかから出てくるだろう」とその時は放っておいたが翌日の朝、朝食の時間に牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けたら、そこにあった。

冷蔵庫の扉部分の飲み物立て。牛乳の隣にリモコンがよく冷えていた。

と、こんなことが日常的によくおきた。

 

僕ら家族は心配半分、あきれ半分だったが、当の本人は、なんだか子供みたいに呑気に楽しげな毎日を過ごしていた。

本当に大丈夫か、とおっかなびっくり見守っていたが半年も過ぎると、車の運転もできるくらいに回復し、すこしづつガンを克服しつつあるのが見て取れた。

母は思考が鈍くなったぶん、悩んだり怒ったりも少なくなり穏やかでそれはそれで幸せそうで少しうらやましいとさえ感じた。

父も、壊れモノを扱うとまでは言わないものの、以前に増して母に優しく接るようになって家族全員が丸くなったような気がする。

荒れていた僕も

「がんばらなくっちゃ」

という気になり、上京を決意した。

 

そこから10年以上も家を離れて親不孝したんだよなぁ。

 

今はすこーしだけ後悔もあるかな…言ってもしょうがない部分ではあるのだけれど。