母の癌
僕が子どもの頃。
親戚の叔父さんに池袋の「サンシャイン60」に連れて行ってもらったことがある。
当時、60階建のビルは日本最高で、子供だった僕と兄はただただ興奮して東京での一日をエンジョイしたものだ。
今から思えば、あれは幼い僕らを不安にさせまいと講じた父の「策略」だったのだと気づく。
その日が母の最初の脳腫瘍手術の日だったのだから。
叔父さんに連れられて群馬の家に帰宅した僕ら兄弟を父ひとりだけが出迎えた。
まさか母親がガンだとは知らず、楽しかったその日の出来事を無邪気に報告する僕らの声に対しなぜか、機嫌悪そうにしていた父の姿をなんとなく覚えている。
「お母さんはちょっと具合が悪くて病院にいるよ。すぐに帰ってくるから、なにも心配いらない」
と言い聞かされていた僕らは、たいした懸念もなく過ごしていたように思う。
それから数日後、実際に母は何事もなかったように家に戻ってきた。
左の側頭部に小さなガーゼが付いていたように記憶しているが本当にたいしたことはなさそうに見えたので、イマイチはっきりと覚えていない。
子供だったから無理もないが、今からするとあの時、母がガンだということに気付いてあげられていたら…と、悔やまれる思いだ。
それから母は2度、3度と脳腫瘍摘出の大手術を経験することになる。